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神様とみたま様が準備【金光新聞】

納骨施設の建設にあたって

 昭和29年、父は布教を始めました。
布教当初は3畳ほどのご神前でしたが、その後増改築を重ね、昭和48年に現在地に移転新築し、今日に至っています。
 私がまだ子どものころの父の記憶は、お結界にいる姿か、持病のぜんそくの発作が起きると布団を丸めて半身を起こし、そこにもたれるように前傾しているかのどちらかでした。
 父は親先生(信心の師匠)を頂き切る信心を貫き、「(金光教の)教師には誰でもなれるが、取次者にはなれん」と、よく口にしていました。若いころの私は、そんな父にどこか反発を覚えながらも、私自身も24歳の時に教師とならせてもらいました。

 平成5年、父は65歳でその生涯を終えました。それから15年がたった平成20年に、念願だった納骨施設建設の話が具体的に動きだし、早速、設計図を作らせてもらいました。納骨施設の建築場所は、父が生前、教会の境内にある会館を取り壊して、そこに建てたいと話していたこともあり、私もそのようにさせてもらおうと思いました。
 ところが、建築士と打ち合わせを重ねる中で、そこに建てるには会館だけでなく、つながっている座敷も取り除いて建て替える必要のあることが分かりました。また、重機が入らない場所であることから、隣接している山を削って進入路を造り、塀も一部壊す必要があるなど、思っていた以上に大きな工事となりました。
 まず、新しい会館を境内の別の場所にプレハブで建築するところから、工事は始まり、隣接する山裾を崩して進入路が造られると、次に塀を壊して会館と座敷の取り壊しが行われました。その後、座敷の新築に取り掛かり、後は内装工事を残す段階で、いよいよ納骨施設の基礎工事に着手しました。

神様とみたま様のお働きを受けて

 そのための穴を職人さんが掘っていた時です。「おっ、出た!」という職人さんの声が聞こえてきました。「何が出てきたのか」。その場に行ってみると、何かの基礎らしい物が出てきていました。しかし、ここにはもともと会館が建っていたので、その基礎があっても別に不思議ではありません。「職人さんたちは何を騒いでいるのだろう」と思い、その訳を尋ねたところ、 「これは、 取り壊した会館とは全く関係のない物」だと言われたのです。
 私は、それがどういうことか分かりませんでした。とにかく掘り出してみたところ、驚くことに、その基礎はこれから造ろうとしていた納骨施設の物とサイズが寸分違わなかったのです。私には、全く心当たりがありませんでした。会館が建築されたのは40年前で、私は高校生でしたが、この基礎については記憶がなく、父から聞いたこともなかったのです。
 また、この納骨施設は、私と建築士とで相談しながら基礎の大きさなどを算出したのであり、40年前には分かるはずがないのです。

 私には、この建設に一生懸命に取り組んできたという自負がありました。でも、実際には神様とみたま様が前もって準備してくださっていたのであり、私はそのお働きの中でさせてもらうことができたのだと、思わずにはいられませんでした。
 この納骨施設建築を通して、私がこれまでしてきたことは、神様やみたま様のお働きを受けて“させて頂いている”のだと、あらためて自覚させられました。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2015年5月3日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2016/10/20 09:32:21.666 GMT+9



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