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神様から頂いた16日間【金光新聞】

思いがけず教会長の重篤の身に

 6年前、5月のある早朝のこと、私が在籍する教会の近所に住む信者さんから、「教会長の恵子先生(98)が、何回も嘔吐 (おうと)して苦しそうなのですぐ来てほしい」と、私に電話がかかってきました。
 先生は、つい昨日も元気にご用くださっていたので、私は、「なんで?」と驚きながら、教会へ駆け付けると、昨日までの元気な姿とは全く違っていました。すぐに救急車を呼び、病院に搬送して頂きました。医師から、多臓器不全を起こし、一刻を争う状態だと言われ、「今晩が山です、会わせたい人がいれば、会わせてあげてください」と告げられて、初めて重篤であることが理解できました。その日は姉と2人、病院の廊下で夜を明かしました。
 その後、先生の容体は少し持ち直しましたが、まだ食事を頂くことはできませんでした。しかし、尿だけは健康な状態に近いものが出ていました。主治医から「体の中で何が起こっているのか分かりません。不思議です」と言われた時、先生が元気だったころのご用する姿が思い浮かんできました。

 先生は、戦前に二代教会長の長男のもとに嫁ぎましたが、後を継ぐはずの夫が戦死し、義父である二代教会長の「わしが死んだら後を頼む」との遺言を受けて、教会長のご用に当たられました。
 先生は、信者さんがどんなに困難な問題をお結界に持ち込んできても、「いやいや、これしきのこと。大丈夫!」と、時には夜通し祈りを込められ、一心に神様におすがりし、その都度おかげを現してこられました。
 絶対に神様はおかげを下さると信じ、「ご神前の床の板がビシッビシッと鳴るほど、神様がお働きくださるようなご祈念をしないと」と、言っておられました。私は、その力強いご祈念が、重篤の身となってもこのような形で現れているのだと感じ、「先生は絶対に回復する」と信念しました。


病院に搬送されて16日目

 そのような中で、ご本部で仕えられる教団独立記念祭の前日、病室でご本部に参拝するべきかを姉と相談していました。すると、手も足も自分で動かすことができなくなっていたはずなのに、先生が私の肩に手を乗せてきたのです。私は、「お参りしてほしい」と言っているのだと確信し、参拝することにしました。
 祭典当日は、本部広前のお結界で金光様に先生の回復をお願いし、祭典が終わるや否や、直ちに病院に戻って、先生に参拝の報告をしました。
 その時の先生の穏やかな表情に、元気でご用くださったころのお姿を思い出し、自然に涙がこぼれ落ちました。

 その夜の午前0時ちょうど、先生は98歳10カ月の一生を終えられました。病院に搬送されて16日目のことでした。
 今にして思えば、先生の命は病院に搬送された時にはすでに尽きていたのかもしれませんが、神様が私たちに先生へのお礼のご祈念をさせてくださった16日間だったと思えてなりません。
 先生は、88歳の米寿の祝いの席で、「山あり、谷あり、あらしあり、されど、 是、 亦 (また)、 楽し、ふり返りみて、すべ、なべて、おかげの中」と歌を詠まれました。ただただ神様、金光様におすがりし、お道のご用に立ち続けた一生でした。
 その後を引き継いだ私は、先生のみたま様に安心して項けるよう、実意な心でご用に取り組ませて頂きたいと願っています。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2015年8月16日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2016/12/26 13:15:23.148 GMT+9



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