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怒りは神様にぶつけて【金光新聞】

夫の浮気に猛烈な怒りが込み上げ

 5年ほど前のことです。夫が、誰かと携帯電話でこそこそ話すことが多くなりました。私(38)が不審に思って問い詰めたところ、浮気していることが分かったのです。
 まさか夫がそんなことをするとは夢にも思わず、一瞬頭の中が真っ白になりました。次の瞬間、猛烈な怒りが込み上げ、私は声を荒らげて1時間近く夫を責め続けました。夫は、私のあまりのけんまくに、黙り込むばかりでした。私の怒りはどうにも治まらず、思い余って、日頃参拝している金光教の教会の先生に電話をかけました。
 先生は、私の話を黙って聞き続けてくれました。そして、「今のあなたの悔しい気持ちはよくよく分からせてもらいました。そのまま神様にお届けさせてもらいます」と言ってくれました。その夜、私は一睡もできませんでした。

 次の日、教会の先生から私宛てに1通の手紙が届きました。そこには次のような内容がしたためてありました。
 「今はさぞかし悔しい気持ちでいっぱいでしょう。こういう時こそ、あなたが今日まで培ってきた信心が試される時です。…今はいっぱい文句を言いたいでしょうが、相手を責めてばかりいても解決はしません。今のあなたには酷な話かもしれませんが、このお道の信心はどこまでも、自分自身を見詰めていくことです。確かに、あなたはこれまで、ご主人に尽くしてこられ、家庭を守り、日々倹約に努めてきました。一方、ご主人も同様に家族を養うため、今日まで頑張ってこられたと思うのです。…もう一度、結婚して今日まで二人で歩んできた道のりを思い出してみてください。悪いことばかりではなかったはずです。
 長年連れ添うと、つい当たり前になってお互い感謝の気持ちが薄れてくるものです。まだまだ腹立ちは治まらないと思いますが、その怒りはご主人にではなく神様にぶつけてみてください。神様にお願いさせて頂きますので、あなたもご主人と仲直りの努力をなさってください。今後の二人の立ち行きをお祈りしています」


少しでも神様に心を向けてみよう

 この手紙を読んで、少し気持ちが落ち着きました。腹立たしさは依然として変わらないものの、多感な年頃の娘もいたことから、少しでも神様に心を向けてみようと思えたのです。そして、夫との楽しかった日々を思い浮かべるよう努めてみました。
 顔を合わせると腹が立ってそんな思いにはなれないので、夫の後ろ姿に手を合わせることから始めました。当初は形だけでしたが、繰り返すうちに不思議と夫に対する恨みや憎しみが少しずつ和らいでいくのが分かりました。
 夫も、相手ときっぱり縁を切り、また、これまで家庭のことは私に任せっきりでしたが、少しずつ家事を手伝ってくれるようになりました。
 最初は、意固地になり、夫とは必要最小限の言葉しか交わせませんでしたが、少しずつ変わっていく夫の姿を見て、私の心もだんだんと穏やかになっていき、やがて夫婦の会話ができるようになっていきました。

 それから月日を重ねる中で、娘も結婚して子どもが生まれ、今春の教会の大祭には、家族皆で参拝することができました。その時、主人が初孫をうれしそうに抱いている姿を目にして、あの時の先生のお取次と神様のお働きに、心からお礼を申し上げました。 

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2015年8月30日号掲載)

メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2016/12/27 09:00:00.000 GMT+9



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