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今度はあなたが祈る番【金光新聞】

「もしもの時には葬儀をお願いします」

 最近、ある方のご葬儀を仕えさせて頂きました。その方は小林庄吉さん(90)といい、「その時が来たら、金光教式で葬儀をしてほしい」と家族に伝えていました。庄吉さんの自宅は、教会から車で1時間ほどの山間部にあり、若いころには家族で月参拝していましたが、車の運転ができなくなってからは、参拝が遠のいていました。
 7年前のある日、庄吉さんの息子さんが突然、神妙な面持ちで教会に参拝してきました。庄吉さんが高所から落ち、意識不明の状態だというのです。医師からは、「高齢でもあるし、いつどうなるか分からない」と告げられたとのことで、ついては、「もしもの時には葬儀をお願いします」と、庄吉さんの略歴などを書いたものを持っての参拝でした。息子さんは、子どものころ以来の参拝で、拝礼の仕方もおぼつかない様子でした。

 応対した教会長である父は、「葬儀のことは了解しました。希望通りに仕えさせて頂きます。でも、意識不明と言っても、今この時も生きておられるんでしょうが。お父さんは、あなたたちの知らないところで、家族のことを祈り通してこられました。これからは、あなたが祈らせてもらう番です。命はどなたの命もいずれは終わるもの。しかし最後のその時まで、痛み苦しみがないよう、全てにお繰り合わせが頂けるよう、神様にお願いさせて頂きましょう」と話し、一緒にご祈念をしました。そして、「意識不明といっても、目で見たり、口を利いたりできないだけで、魂で聞いておられます。命には、そういう力があると私は信じています。病室では、決してお父さんのそばで不用意なことは言わず、今日あったことやお父さんが安心される言葉を掛けてあげてください」と言い添えました。

みたま様と一緒に生きていくスタート

 その後、息子さんは折に触れて参拝し、庄吉さんの病状をお届けして、共にご祈念するようになりました。また教会の大祭や霊祭にも必ず参拝するようになりました。その祈りは、参拝を重ねるごとに深まり、息子さん自身の願いになっていくように感じました。
 その後、7年の命を頂いて、庄吉さんは静かに神様の元へ帰られました。その間、一度も意識は戻ることはありませんでしたが、最後に命懸けで、信心の受け渡しをされたのだと思います。
 ご葬儀は、庄吉さんの希望通り、自宅で仕えさせて頂きました。車いっぱいの祭具を教会から持ち込んで祭壇をしつらえ、参列者席は近くの自治会館から椅子や座布団をあるだけ借りて、家族親族、近所の人総出で準備をととのえました。
 
 緑濃い山あいの空に、川の水音と祭詞が響き渡り、庭先からあふれるほどの人に見送られて、庄吉さんは旅立っていきました。設備がととのった会館での儀式とは違い、しゃれた演出も手慣れたアナウンスもありませんでしたが、祭詞に盛り込まれた、実直で骨惜しみしない故人の生きざまが一層にしのばれました。
 あらためて、ご葬儀とは、肉体と離れて神様の元へ帰っていく魂をお見送りする儀式であるとともに、遺族にとっては、みたま様と一緒に生きていくスタートなのだと思わされました。息子さんの参拝はその後も続いています。故人が大切にし、祈ってこられたことを、共に求め、信心させて頂くことが、最後の儀式を託された私たちの役割だと思っています。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2015年9月20日号掲載)

メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2016/12/29 09:00:00.000 GMT+9



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