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人生最後の玉串奉てん【金光新聞】

変わり果てた父の姿

 一般家庭から教会に嫁いだ私(52)ですが、実家の父の3年祭に参拝するため帰省しました。祭典前日にお供え物などの準備を進め、父の遺影を拭いている時のことです。ある日のことが頭の中に浮かんできました。
 それは、在籍教会の布教満90年記念祭のことです。実家から在籍教会までは約800km離れていますが、両親、妹たちが参拝してくれました。
 久しぶりに会った父は驚くほど痩せており、力なくつえを突いてようやく立っている状態でした。父は長いこと糖尿病を患っていましたが、その変わり果てた姿にただただ驚き、言葉がありませんでした。しかし、私はその時父に対して「そんな体なのに、よく参拝してくれた」 という喜びではなく、 「無理して来てくれなくてもよかったのに!」という、いら立ちしかありませんでした。
 父はいろいろな事業に手を出しては失敗を重ね、その都度、借金の肩代わりを母にさせていました。その母の苦労する姿を見ていた私は、父の存在が疎ましく思え、会話もほとんど無い状態でした。そのことがずっと払拭(ふっしょく)できず、正直「来てほしくなかった」という思いしかなかったのです。

 祭典が始まり、参拝者代表玉串の時に父の名前が呼ばれました。ふと見るとふらつきながら立ち上がった父を妹が支えようとして手を差し出した時、父はそれを振り払い、つえなしで自分の足でしっかりと立ち、玉串をささげました。それまでじっと自分の席で小さくなって座っていた父の、まるで神様に「何としてでもこの思いを受け取って頂きたい!」という強い気持ちが伝わってくるようでした。
 この姿を見た時に、私は何とも言えず胸が熱くなりました。振り返れば、これまでも記念祭には必ず参拝し、その都度「来なくていい」とどれだけ言っても必ず参拝してくれた父でした。それまでの父の姿を重ね合わせ、私に対する親の思い、願いが強く感じられ、心からありがたい気持ち、感謝の気持ちが湧いてきました。

子どもの成長とともに分かる親の思い

 きっと父は最後の力を振り絞って「人に頼らず、どんな時も神様にすがってしっかりとしたご用をさせて頂けるよう、神様どうぞ娘のことをよろしくお願い致します」という願いを込めた人生最後の玉串奉てんだったと思います。私が父に対してどんなに冷たくしても、 いつも見守り願い続けてくれていたんだと思うと、これまでの父に対する態度が悔やまれてなりません。そしてその記念祭の18日後、 父は亡くなりました。

 私には今年成人式を迎えた息子がいます。子どもの成長とともにその時々の親の思いというものを分からせて頂いています。子どもが喜んでいる時、親はその何倍もうれしく思え、子どもがつらく悲しい思いをしている時はその何倍もつらく悲しいものです。常に親というものは子どものことを願い続けてくれているものです。
 現在、息子も社会人として、自分の道を歩み始めました。いろいろな人との出会いを通してたくさんのことを学んでほしいと思います。
 「起きてくることに無駄事はない」というみ教えがあります。その一つ一つの出来事が息子の今後の生き方の力になってくれることを願いつつ、神様が今後息子にどのような道付けをしてくださるのか、親として見守っていきたいと思っています。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年5月1日号掲載)

メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2017/10/24 16:26:12.200 GMT+9



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