title_02.jpg

HOME › 胸の内は全てお結界へ【金光新聞】

胸の内は全てお結界へ【金光新聞】

教会は心のトイレ

 私(82)は教会への参拝が、日々の一番の楽しみです。
 毎朝、自宅から200メートルほどの距離をつえを突きながら約15分かけて参拝します。教会に着くと、まず無事到着できたことを神様にお礼を申し上げて、次にお結界に進み、前日のありがたかったことを先生にお話しします。
 私の入信は今から5年前になります。きっかけは、教会で定期的に開催されているカラオケ教室へ何度か参加するうちに、教会の先生と懇意になったことです。実は、その時、娘の病気や孫の問題、同居しているひ孫との関係など、さまざまな問題が一度に降りかかり、私は「なぜこんなに苦しいことが立て続けに起こるのだろう」と、精神的、肉体的に追い込まれていました。そのような状況でしたから、ある日思い切ってそのことを先生に話したのです。

 先生は私の話を聞いた後、「さぞつらかったでしょうね。しかし、時節を頂けば必ずおかげになります。今は、現状を受け止めることが大切です。ところで私たちは日々、トイレに行きますが、たまった物を出すということは実にすっきりしますね。同じように教会は心にたまった物を吐き出す、いわば心のトイレですから、お結界で全て出していってください」と話してくださいました。
 私は、今まで誰にも話せなかった胸の内を打ち明ける場があることに安心感を覚えました。それからは、毎日教会に参拝するようになり、長時間にわたって先生に苦しい胸の内を聞いて頂いたことが何度もあります。
 さらに、朝のご祈念後に先生が話してくださる教話も楽しみになりました。先生が、朝、目覚めることができたことや、衣食住に関することなど、毎日の生活の中にある神様のお働きを、具体的に分かりやすくお話しくださるおかげで、日々の生活の中に喜ぶことがたくさんあることを教えて頂いたのです。

お結界でお礼のお届けができるように

 参拝するようになって数カ月たったある日、先生から「このお道には、『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ』という教えがあります。また、先代の先生は『喜べば 喜び事が 喜んで 喜び連れて 喜んでくる 喜び上手は感謝の名人』と常々話していました。あなたは、これまでお結界で心にたまったものは随分吐き出されたでしょう。今日からは、苦しいことやつらいことを吐き出すのはやめて、うれしかったこと、ありがたかったことを話していきませんか」と言われました。
 確かに、そのころには心が随分楽になっていた私は、先生が言う通りにうれしいこと、ありがたいことを探せるよう、神様にお願いしながら取り組むようになりました。すると、今まで不満に思っていた孫やひ孫に対する見方が次第に変わっていったことに気付いたのです。

 その結果、今では「孫が掃除をしてくれました。洗濯もしてくれました。今日も会社に勤めに行ってくれました。食事を支度し、弁当を作ってくれました。ひ孫が服を畳んで、優しい言葉を掛けてくれました」と、毎日お結界でお礼のお届けができるようになりました。どんなささいなことでもお結界でうれしかったことやありがたかったことをお届けさせて頂くと、さらにうれしいことやありがたいことが次々に起こってくることを実感します。
 「さあ、今日も喜ばせて頂こう! 今日の喜べる出来事は何かな」

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年7月24日号掲載)


メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2017/12/26 10:00:00.000 GMT+9



このページの先頭へ