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心を込めて父に手料理【金光新聞】

全てが信心の稽古と思って辛抱

 いつも私(38)に対して厳しかった父親と反りが合わず、私は20歳の時に家を飛び出し、上京して土木関係の仕事に就きました。
 しかし、それから1年もたたないうちに右脚の股関節に強い痛みを感じ、病院で診てもらうと、医師から股関節の骨が溶ける原因不明の病気にかかっていると言われたのです。仕事を辞めざるを得なくなった私は、先々のことが不安になり、叔父に相談しました。すると、叔父から金光教の教会を紹介され、参拝するよう勧められました。すぐにはお参りする気になれませんでしたが、通院していても症状が一向に良くならなかったため、参拝してみることにしました。
 教会の先生に事情を話すと、「毎日しっかり神様にお願いしていたら、必ずおかげを頂けますよ」と言われ、私は半信半疑ではありましたが、毎日バイクで教会へ参拝してみることにしました。

 ある時、先生から「就職のおかげを頂きなさい」と言われ、そのことを叔父に相談すると、叔父の知り合いの老舗の料理屋で、板前の修業をすることになりました。前の仕事ほど重労働ではなく、それほど脚に負担はないものの痛みはまだ続いていました。また、板長はとても厳しい人でいつも叱られてばかりいたので、何度も仕事を辞めようと思いました。
 けれども、先生に「仕事を辞めたい」と打ち明けるたびに、「おかげを頂きたいなら、全てが信心の稽古と思って辛抱させて頂こう」と言われ、踏みとどまりました。そうこうしているうちに、教会に参拝して、病気の完治と仕事が続けられるように、とお願いするのが日課になりました。
 そんなある日、お店の常連客が、「板長はいつも君のことを、辛抱強くよく頑張っていると、褒めているよ」と教えてくれました。この言葉と先生の言葉が励みになり、私は仕事を続けることができました。そして参拝を始めてから半年近くたったころ、月に一度の診察を受けると、医師から完治していると驚いた表情で告げられたのです。
 それからも日参を続けるとともに、板長に叱られながら板前修業を続ける中で、ある心境の変化に気付きました。厳しい板長と接しているうちに、私に対する父の思いを少しだけ理解できたような気がして、若かった時に比べ、父への憎しみが薄らいでいたのです。

「とてもおいしかった」

 それから2年ほどたったころ、その料理屋が閉店することになり、私はまた仕事を失いました。しかし、この機会に調理師の資格を取る決心をし、猛勉強をして資格を取ることができました。そして、和食チェーン店を経営する会社に再就職することができた私は、今までのおわびの気持ちを込めて、父に私の手料理を食べてもらおうと思いました。
 突然の私の申し出にもかかわらず、 父は喜んで上京してくれました。狭いアパートの部屋で父と二人、食事を共にしました。そして最後に、「とてもおいしかった」と、言ってくれたのです。

 今は故人となった父ですが、思えば日参させて頂く中で改まりの心を頂き、不仲だった父との関係を修復できました。神様は、私に病気をお与えになって教会へお引き寄せくださり、そこから私にとって大切なことを教えてくださったのだと思います。神様から頂いたおかげを忘れないよう、教会の大祭、霊祭時に直会(なおらい)の料理のご用をさせて頂いています。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年8月28日号掲載)

メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2017/12/29 10:00:00.000 GMT+9



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