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父の思い叶える講演会【金光新聞】

地域のためになる取り組み

 私は約35年前に、父の生まれ故郷に布教し、教会を開きました。そしてその5年後、それまで長年、生まれ故郷を離れて暮らしていた父も帰郷し、私たち家族と同居することになりました。
 数十年ぶりに故郷に戻ることになった父には二つの願いがありました。一つは故郷で布教する私の支えになりたいということ、もう一つは生まれ育った故郷に少しでもご恩返ししたいということでした。
 同居生活が始まると、父は教会での毎日のご祈念を私と共に仕えてくれるようになり、お広前の掃除はもとより、近所の神社の掃除も始めました。また、父の兄弟の命日には、お結界でお届けをし、バスで片道30分の所にあるお墓へのお参りを欠かしたことはありませんでした。この他にも、小学生の登校を見守るボランティアなど、地域の人たちのお役に立とうと、さまざまなことに取り組んでいました。

 そして同居から4年後、私たち家族に見守られながらお国替えしました。
 父の思いは地域の方々に伝わっていたのでしょう。葬儀には近隣の多くの方が駆け付けてくださいました。そして、さまざまな方から「お父さんは地域のためになることを一生懸命してくださいました。良い生き方をされましたね」と、声を掛けて頂きました。
 私が単身で布教を始めたころは誰も金光教のことを知らず、教会の存在を快く思わない人が近隣でも多かったのですが、父のお役に立ちたいという思いと行動のおかげで、信用を得られたように感じました。
 父は生前、教会の開教10年記念祭に参拝することを心から楽しみにしていました。しかし、父が記念祭の1年前に亡くなり、私は、父の願いがかなわなかったことが心残りでなりませんでした。

生前の父の姿が思い浮かび

 以前から私は、「この地に布教して初めての記念祭は、地域の人に金光教はどのような宗教であるかを知ってもらいたい。また、気軽に誰でも自由に参加してもらいたい」という願いを立てていました。そこで、教会で開教10年の祭典を仕えた後、近くの公民館で公開講演会を行うことにしました。
 しかし、公民館にお願いに行くと、「今まで公民館を特定の宗教団体の行事に貸したことがない。すぐに返事はできない」と言われました。
 折あしく、当時、集落内の神社の祭礼と地区の活動との関わりで、政教分離のことが問題となっていました。不安でしたが、後々のお繰り合わせを神様にご祈念させて頂きました。ご祈念をしていると、ふと、生前の父の姿が思い浮かび、「地域のお役に立つことを通して、地域の方々に受け入れてもらえる工夫をしよう」と、思い立ちました。

 そして、講演会では金光教の信心を一方的に伝えるような内容ではなく、宗派の違いや信仰の有無に関わらず、誰にでも信仰を持って生きることの素晴らしさを理解してもらえるような内容にすること、また講演会の後にはプロの歌手による歌謡ショーを実施することとし、その案を公民館に伝えました。その結果、提案が認められ、「宗教色を出さない」という条件で会場を借りられることになりました。そして盛会のうちに、講演会を開催することができました。
 私は父が、みたまの神としてお働きくださった中での開教記念祭だったと思わずにはいられませんでした。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年9月4日号掲載)

メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2018/01/18 09:00:00.000 GMT+9



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