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生きづらい人に寄り添う教会・教団に

金光教報 「天地」3月号 巻頭言

 「難儀な人を取次ぎ、助けてやってくれ」との親神様のお頼みを、教祖様は謹んで受けられたが、世の中の在り方が多様化するにつれ、人間の難儀も多様化してきた。

 布教部では昨年から、「現代社会問題」を勉強する場を部内に設け、そうした問題に金光大神の信心から、どのようにアプローチできるかを求めている。貧困の連鎖、新しい家族観、進み過ぎる医療など、問題は数え切れない。現代に生きる人に寄り添い、助かりに導くためには、まず、その問題を知ることが必要だと考えたからである。
 例えば、以前なら結婚前の妊娠は歓迎されなかったが、今や25パーセント以上となり、「授かり婚」とも言われ、娘に「結婚はしなくてもいいから、孫を産んでちょうだい」と言う母親も多いという。その一方で、不妊カップルは6組に1組と増え、そこに種々な不妊治療が可能となった。「神様からの授かりもの」であった赤ちゃんの誕生に、医療の技術や人間の思惑、財の有無が大きく左右する。さらに、胎児の染色体を調べる出生前診断、受精卵の遺伝子の状態を調べる着床前診断も可能となると、人は迷い悩む。「人間とは何か、命とは何か」という根本が問われてくるのである。

 また、現代において、心の病を抱える人は、がんや糖尿病をも上回ると言われる。
 私が在籍する教会に、小さい頃から参拝していた子が、20歳を過ぎてから心の病になり、精神病院への入退院を繰り返していた。その子は私に「どうせ私なんか、このまま病院で死んでいくのだから、ほっといて」と言った。彼女のその言葉に、私は心を強く揺さぶられ、「絶対にそんな思いのままで死なせたくない」と思った。それからは、家族にできるだけ入院させないように、できるだけ毎日教会に連れてくるように話し、彼女と向き合った。
 そして数年が経った頃、ようやく苦しんできた心の内を話してくれるようになった。その彼女が、今では入院も服薬もせず、「わが心でわが身を助ける信心」を目指して、真剣に神様に向かうようになった。わが心の神はわが身を助けたいと、強く願っているのである。そこに導く場がお結界であると思う。

 最近、LGBTという言葉もよく耳にするようになった。社会で「普通」「正しい」と思われている性と異なる多様な性を生き、性愛の対象が同性であったり、生物学的な性と心の認識する性別が違うといった、一般には性的マイノリティーと言われる人たちのことである。
 私たちはとかく、「普通は」とか「大抵は」ということに同調することで安心を得、そこから外れる人を見失い、排除しがちになる。そこに「多様な性を知ってほしい」という声が上がった。今まで男女の性別だけで二分される制度や、世の中の有言無言の圧力や偏見に苦しんできた人たちが声を上げたのである。
 本教にも「金光教LGBT会」ができた。性の多様性を認め合い、LGBT当事者が安心して金光教に存在でき、偏見や差別を無くすよう社会に働きかけるとともに、心の内を話せず、悩み、苦しんでいる当事者とつながりたいという目的で、この会はできた。

 「難儀な人を取次ぎ助ける」というご立教の精神を現代に現すのが、私たちの努めであるならば、今の世に生きづらさを感じている人の心に寄り添える教会・教団でありたい。本気でこのことに取り組み、現代に「金光大神でき」のおかげを蒙りたい。

金光教布教部長 浅野 弓

投稿日時:2018/03/01 09:00:00.000 GMT+9



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