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病を押してご本部参拝【金光新聞】

「真の心をささげる」取り組み

 私(55)が7歳の時、金光教の教会長だった父が病気で亡くなり、その後、母がそのご用を引き継ぎました。
 母は、私を出産する際、重い結核を患っており、医師からは、このままだと母子共に命が危険だと告げられたそうです。しかし、母は「神様から授かった子どもだから助からないわけがない」と、出産直前まで教会でご用を続け、私を無事出産し、母の命も助かりました。
 また、父の亡くなった翌年は教会の開教10年の年でした。布教の面でも経済的にも、さまざまな苦労がある中、母は10年という節目の年をどう迎えさせてもらったらいいかと思い悩んでいたそうです。その時、お広前の天井に掲げていた「真一心」と書かれた色紙が落ちてきて「物やお金ではなく、神様へ真の心をささげることが大切」と悟り、その後のご用の指針にしていました。

 「私は、このお道の信心で助けて頂いてきた。その命の元である天地の親神様と、教祖様、金光様のお取次を忘れてはいけない」というのが、母の口癖でした。そして 「真の心をささげる」取り組みとして、本部への参拝を何よりも大切にしていました。体調が優れない時も、心配する家族の声を押し切って「金光様にお礼を申さねば」とご本部参拝を欠かしませんでした。
 そんな母でしたが、65歳のころから、右足の股関節が激しく痛むようになり、さらに高血圧と糖尿病まで患ったことから、近所へ出掛けるのがやっとで、駅の階段の上り下りもできないようになりました。
 見かねた私は「代わりに参拝しようか」と提案しました。すると母は、「車で一緒に参拝させてもらえないか」と言うのです。教会からご本部まで車で行くと約10時間の道のりです。私は、母の体のことを考えると少し厳しいのではないかと言いましたが、母は、「大丈夫」と言い、うれしそうににこにこしています。

母と同じ思いでご本部参拝

 それからは、私が運転する車に母を乗せ、一緒に本部に参拝するようになりました。長時間でしたが、参拝の道中、母はいつも生き生きしているように見え、帰宅後も喜ぶ母を見ていると、私もありがたい気持ちになりました。
 車でのご本部参拝を始めてから10年が過ぎました。その年の4月、母が末期の胃がんに侵されていることが、定期健診を通して分かりました。しかし、母は全くうろたえるそぶりも見せず、春のご本部大祭参拝の後でよかったと喜んでいました。その後、6月に胃の全摘手術を受け、一度は退院しましたが、2カ月後に亡くなりました。

 母の葬儀の後、母のかかりつけだった医師に会う機会があり、生前、がんが見つかる直前まで、車でご本部にお参りしていたことを話したところ、「さぞかしつらかったことと思います。本当に強い心を持っていたんですね」と感心されました。私はその言葉を聞いて驚きました。参拝中一度も苦しそうにしている顔を見たことがなかったからです。
 今から思うと本部に参拝できる喜びがそうさせていたのではないかと思います。体はどんなに病んでも心までは病ますことのない信心の尊いお働きを教えてもらった気がしました。そして、母は私に「天地の親神様と教祖様、金光様のお取次を忘れてはいけない」という信心の財産を残してくれました。これからも母から受け継いだ“真の心”を忘れず、母と同じ思いでご本部参拝をさせて頂きたいと思います。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年10月2日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2018/03/13 09:11:08.821 GMT+9



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