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人の立ち行き願う稽古【金光新聞】

全ての人の助かりを願う

 私(51)が小学4年生ごろのことです。金光教の教会長のご用をしていた父が月例祭で教話した内容に、 とても感銘を受けたことがあります。それは、 「三代金光様(*)は本部広前のお結界で、世界の全ての人が立ち行くよう常に神様に祈られ、飛行機の音がすれば、無事に到着しますようにと、子どもの泣き声が聞こえると、その苦しみが取れますようにとお願いされていた」というものでした。
 それを聞いた私は、 「見ず知らずの人のことまでお願いするなんて、金光様ってすごい!」と感激し、幼いながらも金光様のように、人のことを願えるようになりたいと心から思いました。それからは、道を歩いている時に、飛行機の音が聞こえると空を見上げて無事に目的地へ到着するようにお願いし、救急車や消防車のサイレンが聞こえると、手を合わせて無事をお願いしたものでした。

 大人になり、結婚して子どもを授かった私は、月初めには皆で教会に参拝して万事にご都合お繰り合わせを頂けるよう、お取次を頂き、私たち家族それぞれの立ち行きをお願いするようになり、毎日、息子の保育園の行き帰りにもお参りしました。息子はお結界で、「今日も朝ご飯がおいしかったです」などと、素直な気持ちをお届けしていました。
 息子が4歳になる直前、夫が外出していたある夜のことです。息子と一緒に入浴して、2階の部屋に寝かしつけました。それから間もなく、2階から変な咳が聞こえたので、急いで階段を駆け上がると、息子は唇を紫色にして、とても息苦しそうにしていました。それまでは変わった様子もなかったので、何事かと驚き、慌てました。
 私は、苦しむ息子を抱きかかえて 「金光様、金光様」 と一心にお唱えし、急いで救急車を呼びました。息子は近くの総合病院で、すぐに処置してもらうことができ、事なきを得ました。一過性の呼吸器の発作だったようで、息子は入院することなく、その日のうちに帰宅できました。

息子に伝わった信心の土台

 後日、息子と買い物へ出掛けた途中、その病院の前を通り掛かると、息子は「助けてもらった病院だよね」と、小さな手を合わせて、頭を下げました。その後も通り掛かるたびにお礼をしていたようです。さらに、息子は遠くから救急車のサイレンが聞こえてくると、「ぼくみたいに苦しい人が乗っているから、どうか助かりますように」と、手を合わせてお願いするようにもなりました。その姿に昔の自分を見る思いになり、神様が人のことを願う稽古をさせてくださっていることをありがたく思いました。
 それから後、高校生になった息子と一緒にいて救急車のサイレンが聞こえた時、「できている?」と聞いたことがあります。息子は「うん」と返事をしてくれ、手を合わせなくても心の中で、苦しむ方に思いを寄せて祈ってくれている姿が見て取れました。

 そんな息子も来年で成人式を迎えます。親子でここまでお育て頂けたことを本当にありがたく思います。身近な人のことから、仕事などでご縁があった方々、そして受験生や自動車・バイクを運転している人など、その時その場で出会った方々の助かり、立ち行きを願うことは、今、私たち家族の信心の土台になっています。

*三代金光様=金光攝胤君(せつたねのきみ/1880~1963)。数え年14歳から70年にわたり、金光教本部広前のお結界でお取次のご用に当たられた。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」2017年2月5日号掲載)
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2018/05/06 13:32:56.338 GMT+9



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