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人と出会い開ける世界【金光新聞】

私の知らない世界がある

 私(49)は16年前、仕事で米国のハワイへ赴任したことがあります。語学力がなかったので多少の不安はありましたが、いざハワイで生活してみると、町にはいろいろな国の人々があふれ、その新鮮さにわくわくしている自分がいました。
 幸運にも私は、市が移民のために提供しているフリー・スクールで、英語を学ばせてもらえることになりました。そこには、さまざまな国の人たちが通っていました。
 同じ生徒の中にアフリカから来た、少し年上の女性がいました。ある時、私は好奇心から、「野生のライオンって見たことある?」と尋ねました。すると、「ライオン?そんなの、私の実家の裏庭を歩いているわよ」と、平然とした顔で言うのです。
 また、モンゴルから仕事で来ていた同年代の男性とは、お酒を酌み交わすまでの仲となりました。モンゴルという国について、ほとんど知らなかった私は、「今でもまだ遊牧ってするの?」と聞いてみると、「もちろんさ。人口の70%くらいはするよ」と答えます。私はさらに、「君には子どもがいるだろ?遊牧で移動する時、学校はどうするんだい?」と尋ねました。すると、「学校も一緒に移動するに決まっているだろ!」と言うのです。

 そして、内戦状態にあったカンボジアから亡命してきた青年の話は強烈でした。青年は一家で祖国を捨て、他の亡命者と一緒に、定員をはるかに超えたぎゅうぎゅう詰めの小さなボートで密航してきたのです。途中で見つかったら、即、銃殺されるということでした。
 彼らの話を聞けば聞くほど、私はなんて小さな世界で生きていたのかと思いました。家の裏庭に野生ライオンが歩いている世界。学校も一緒に遊牧してしまう世界。決死の覚悟をしてでも逃げださざるを得ない祖国を持つ世界。一体、彼らの目にはこの世界はどう映っているのだろう…。

天地はどこまでも広く大きく

 そんな彼らが、「おまえは金光教を信仰しているというが、おまえの神様は何だ?」と聞いてきます。「私の神様は天地だ」と答えると、「ふーん」と聞き流されてしまいます。いろいろなみ教えを並べて説明してみても手応えがありません。私は、無力感に襲われ、もんもんとしていました。
 そして気付いたのです。私がイメージする「天地」と、さまざまな環境で暮らしてきた人たちそれぞれがイメージする「天地」は、全く違うということに。私の考える「天地」はあまりにも小さい。まだまだ私の知らない世界がたくさんある。けれど、さまざまな人と出会うことで、私の目の前に少しずつ新しい世界が開け、見えてくる。そんな光景が思い浮かんだのです。

 肌の色も、言葉も、環境も、文化も、歴史も、考え方も違う者同士が、天地の間で調和し互いに尊重しながら共に生きる。私たちは全ての違いを包み込む大きな天地の間で共に生かされている。そう考えると、私の小さかった「天地」のイメージが、どこまでも広がっていくように感じました。
 同じ考え方を共有し、一つにまとまっていくことが理想の世界だと思っていた私が、ハワイでの経験を通して新しい自分に出会いました。それ以来、私は相手のことを理解しようと努め、相手の思いに沿った言葉を慎重に選びながら、自分の思いを伝えるようになりました。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2017年2月19日号掲載)


メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2018/05/07 5:36:33.501 GMT+9



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