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生きてお役に立つ図書館活動を

金光教報 「天地」11月号 巻頭言

 「よくぞ、四代金光様は金光図書館を創立してくださいましたね」
 平成28年熊本地震の後、地元で被災者支援活動を続けている、なんきゅう支援隊「移動図書館おあしす」のスタッフが言ってくださった言葉です。
 金光図書館は、第2次世界大戦中の昭和18年9月8日に産声を上げました。初代館長であられた四代金光様は、「日本の中に図書館が一つふえた。その名を金光図書館という。大きくいえば世界に図書館の数が一つふえたことになる。図書館のための図書館では意味がない。利用され、活用され、生きてお役に立つ図書館でなくてはならない」と、金光図書館報『土』の発刊の辞で述べておられます。
 四代金光様の図書館活動は多岐にわたりました。文化講演会、レコードコンサート、展覧会や映画会と、世の中のニーズに応えての活動で、当時の図書館界のトップランナー的存在でした。
 そのような活動に、「初代館長には先見の明があった」と表現された方も少なくありません。ところが、前図書館長であり、私の兄でもある金光和道は、金光図書館の歴史を学ぶうち、「初代館長は先見の明があったからトップランナーになれたのではない。それは初代館長の信仰実践だったのだ」と気付いたのです。「人が助かりさえすればそれでよい」とおっしゃった教祖様のみ教えを実践されるうちに、気が付けば図書館界のトップを走っていたということでした。
 その後、兄は初代館長の御用精神を今に実践する言葉として、金光図書館の合言葉を掲げました。それは、「ありません、できません、知りません・わかりません、は言いません」というものです。
 利用者の方が、金光図書館に置いていない本を求められたら、「ありません」とは言わず、「お探ししましょう」と、あらゆる図書館を探します。それでもなければ創ろうと努力するのです。これまで、目の見えない方からのリクエストで、点字の本や音訳のCDを作らせていただいたり、郷土の昔話を子どもに伝えたい方にと、畳一畳サイズの大型紙芝居や金光教紙芝居を創作したこともあります。
 また、できそうもない利用者の要求でも、「できません」とは言わず、「ここまでは何とかやってみます」「一緒に考えてやっていただけませんか」と言います。知らないことや分からないことを尋ねられたら、逆に「聞かせてください」「教えてください」と相手から学ばせてもらうのです。
 日々の図書館活動では、「できません」と言いたくなることの連続です。しかし、全館挙げて合言葉を実践させていただくと、次第にできるはずのないことができていくようになり、資料も集まり、多くの方との関わりが生まれてきました。それは、初代館長をはじめ、多くの先輩方のお働きがあってのことだと、心の底から実感し、私たちもその後に続かせてもらいたいと思わせられています。
 熊本地震によって、熊本城の石垣が崩れ、阿蘇神社の楼門と拝殿が倒壊し、本教の教会も信奉者も被災しました。やがて移動図書館の話が持ち上がり、金光図書館は「移動図書館おあしす」に全面的に協力させてもらうことになりました。
 私は被災者にかける言葉を持ちません。しかし、図書館活動は、本をとおして利用者に心を届けることができます。そして、被災者の心に助かりが、困った人に神心が生まれるお役に立ちたいと願っています。

 
(金光英子・金光図書館長)

投稿日時:2018/11/01 10:05:05.826 GMT+9



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