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人の痛みに寄り添う心【金光新聞】

過去に戻してください

 ある日、私が奉仕する教会に、30代の男性が、ふらふらとした足取りでやって来ました。その男性は開口一番、「もう死にたい」と、力なく言うのです。
 「ただ事ではない」と感じた私は、男性の話を、お結界で祈りながら聞かせて頂きました。
 男性は、10代の時に両親を亡くし、それから、一度は就職したものの続かず、今は両親の遺産を取り崩して生活している、とのことでした。そして、「お金は減る一方だけど、何もする気力が湧きません。お風呂にも入りたくないし、働きたくもない。こんな自分なんか生きる価値がない。きっと神様や亡くなった両親にも見放されている。だから、もう死んで楽になりたい」と言います。
 私は、話を一通り聞いた後、助かってほしい一心で、「大変でしたね。でも信心すれば絶対に助かります。ご両親も見放していませんよ」とお話ししましたが、私の言葉は、男性の心には全く響いていない様子でした。

 そこで私は、せめて気持ちだけでも受け止めたいと思い、「私はあなたの願いを、神様にお願いさせて頂きます。あなたの願いは何ですか」と聞いてみました。すると男性は、「過去に戻してください。できれば就職していた頃に…」と答えました。
 私は思わず、「それは無理だ。つらいことがあっても歯を食いしばって生きている人が大勢いる。何を甘いことを…」と思ってしまいました。しかし、「いや、過去に戻りたいと願うのも、それほどまでに今がつらいのだ」と思い直し、「分かりました。過去に戻れるよう、今から神様にお願いさせて頂きます」と答えることができました。
 そんな私の返答を予想していなかったのでしょう。男性は驚きの表情を浮かべていました。
 私はご神前に座り、「この男性を助けるのは私ではなく神様だ。神様のお働きに限界を設けてはいけない。どんな形であっても、神様のお働きを頂いて、過去に戻れますよ
うに」と、ひたすら祈らせてもらいました。

ここまでしてくれた人は初めて 

 そして2時間がたったころ、私は後ろを振り返り、男性に「過去に戻れましたか?」と、恐る恐る尋ねてみました。すると、男性は即座に、「戻れませんでした」と答えました。「やっぱり駄目か…」と、思ったその時、男性が私にこう言ったのです。
 「過去には戻れなかった。けど、僕のお願いをここまで真剣に聴いてくれて、気持ちを分かろうとしてくれて。ここまでしてくれた人は初めてです。僕のために祈ってくれている姿がうれしかった。おかげで、お風呂に入ろうと思えました」
 そう語った男性は、教会に入ってきた時とは全く違って、とても柔和な表情をしていました。

 人の心はすごいと思います。私は何か特別なことをしたというわけではありません。この男性のことを思い、ご祈念しただけです。ただそれだけのことなのに、男性はずっと入れなかったお風呂に入ろうと思えたのです。すごいことです。人の心には、死にたいと言っている人を救うほどの力があるということです。
 そして、この、人の痛みに寄り添う心こそが、神様の心なのだと感じました。この神様の心と一緒に、これからも人の痛みに寄り添える私にならせて頂きたいです。
 さて、この時以来、男性は毎日教会にお参りするにようになり、今では仕事に就き、毎日を一生懸命生きています。
※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

「心に届く信心真話」2020年6月28日号掲載
メディア 文字 信心真話 金光新聞 

投稿日時:2021/08/15 12:00:11.685 GMT+9



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