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貧困は命の可能性奪う難儀【金光新聞】

困窮にあえぐ世界の人々と私たち


金光教平和活動センターが支援するカンボジアの小学校の生徒たち(今年3月撮影)

 現在、世界の人口は約67億人。そのうちの8億人から10億人は日々の食事も満足にできない困窮状況にあると推定される。国連では2000年、このような貧しい人々の数を、2015年までに半減するとの目標(国連ミレニアム宣言)を掲げた。しかし、その達成は東アジアでは可能だが、アフリカでは無理だと考えられている。

 日本は、世界の貧困削減への取り組みに対して貢献はしてきたが、必ずしも十分であるとは言い難い。

 その理由の一つは、日本人が国内の貧困に無関心だったことである。近年、フリーターやいわゆる「派遣切り」の問題が社会的注目を集めている。しかし実は、高度成長期以降、日本社会が「忘れてきた」貧困が違った形で噴出したに過ぎず、その間も貧困はずっと存在していた。大切なことは、貧困をどう理解し、それといかに向き合うか、というわれわれ一人ひとりの姿勢であろう。

 貧困は'ビンボー'を選択した個人の問題ではない。あくまでも社会的に認めるべきではない構造的課題である。アフリカが貧しいのも、アフリカ人が愚か者であるからではなく、さまざまな経緯の中で貧困からの脱却を阻まれており、それが世界全体の課題となっているのである。

人間としての尊厳を見せつけられ

 金光教の信仰からすれば、貧困は神様から命を頂いた人間が、その命の可能性を十分に広げることができない状況に追いやられている「難儀」ととらえることができる。これは、貧困に直面する本人にとっても、社会全体にとっても大きな損失である。

 金光教祖の時代と現代との大きな差異は、グローバル化である。われわれの日々の消費活動が地球規模の経済活動に組み込まれた今日、一つ一つの行動が、実は遠く隔てた途上国の人々の貧困の原因になっていることを認識しなければならない。

 私は1987年にタイを訪問して以来、途上国との付き合いはもう20年以上となる。その間、多くの人々に助けられて現地で生活してきた。

 こうした経験から思うのは、援助とは富める者が貧しい者にしてあげるという単純な上下関係ではないということである。貧しい人々は、われわれのような便利な環境には生活していないため、その時その時を必死で生きている。その生き様こそが、時に絶望的になる私に生きる希望を与え続けてくれてきた。援助をしてあげるどころか、人間としての尊厳を見せつけられ、圧倒されたのは私自身であった。

 自分一人だけが恵まれていても、周囲が困っている人ばかりという状況では、幸福感は得られない。

 われわれは、日本でもまだあった貧困を「せっかく思い出した」のだ。だからこそ、現在の日本の状況は、世界に厳然として存在する貧困に思いをはせるチャンスだと、とらえるべきだろう。

 これを機に、国内の路上生活者や日雇い労働者の支援活動への協力や、金光教平和活動センター(KPAC)への支援に参加する人が増えることを期待したい。日本は、アジアやアフリカを必要としているが、その逆は必ずしも成り立たない。世界から嫌われて困るのは、食糧、水、鉱物資源を世界に依存する日本である。

 われわれと途上国の人々が「お互いさま」=「あいよかけよ」の対等な関係に脱皮できることを願ってやまない。

斎藤 文彦(龍谷大学国際文化学部教授)

投稿日時:2009/08/14 09:21:41.125 GMT+9



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