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神様に好かれるよい心伸ばして【金光新聞】

教祖の事蹟に見る介護の心

 時や場所、人の認識さえ失われていく認知症。伯母の介護に献身的に取り組む兄夫婦の姿は、よりよい介護やケアの在り方にとどまらず、「荒ぶる神」に相対した教祖の姿とも重なり、信心のより深い部分について考えさせられる。

 教祖様が神様と出会われたころのご事蹟には、人間から金神と忌み嫌われていた神様が、教祖様の弟・繁右衛門の体へ乗り移り、その口を通じて宮の普請を依頼された場面がある。
 この時、荒ぶる金神様は、教祖様の「委細承知仕り、私根にかなうだけのこといたしましょう」との応答にお鎮まりになった。しかし、その後、一旦承知されながらも再び現れ、再度、教祖様の言葉で鎮まったという。
 そこには、とことん話を聞く教祖様の態度によって落ち着かれる金神様の姿がある。
 私は、この事蹟に触れるたび、ある場面を思い出す。それは、認知症の伯母の世話をする兄夫婦の様子である。
 教会で暮らし始めた当初の伯母は、すでに時間の観念が無く、昼夜を問わず「まことー、ちえこさーん」と大声を張り上げ、入れ歯の在りかなどを尋ねていたのだった。
 見ているこちらにすれば、つい、いらいらしてしまいそうな状況なのだが、兄夫婦は、伯母の抱える不自由の意味を理解しようと努め、とっぴな行動にも、いたずら好きだった伯母らしさを発見し、笑顔で対応している。
 そんなある日、床に就いた伯母を見て、兄は、「金神様がお鎮まりになったわ」と、つぶやいた。
 親しい人の見分けもつかず、自分が誰かさえ分からなくなり、「そんな私はどうなるのか」という、おびえにも似た感情を生きるのが認知症を生きるということなのだろう。「もの盗(と)られ」の妄想や激しい攻撃性は、不安や寂しさを隠そうという意欲があるからこそ。依存的な自分になることへの反発と、でもやがて世話にならねばならないことへのわだかまりとなって現れているのだ。
 金神様は、かねて人間から避けられ、人と思いを交わすことができず、時に激しい暴力を伴って出現した。兄は、伯母の姿を通じて、金神様の現れ、鎮まりと同じ意味を見たのだろう。
 そんな時、義姉が、「私には、一生懸けて頂きたいみ教えがあるの」と、大西秀さんのみ教えを教えてくれた。
 「金光様は、『日に日に悪い心を持つなよ。人に悪いことを言われても、根に持ってはいけない』と言いぬいておられた。私が『それでも、向こうが悪い心を持って来れば悪い心になります』と申したら、『それでも、悪い心を持ってはいけない。よい心を持っているようにしなければ』と言われた」
 そして義姉は、「悪い心を持つと、自分も助からないし…。それで辛抱することをやめたの」と言葉を続けた。
 「信心辛抱」とは、自分が修行として取り組み、その果てに到達する「助かり」へ誘う言葉だが、おそらく義姉は、自分を抑え込んでゆがめるのではなく、神様に好かれる心へと自分を伸ばしていくように取り組んでいるのだろう。だから義姉には「辛抱」しているそぶりは見られない。兄と同様に、伯母に神様を見てお世話に努めているのである。
 冒頭に紹介した事蹟では、金神様は教祖様の「根にかなう」姿勢にくつろがれたということが分かる。「神も助かる」世界は、このようなお世話やケアの世界にも通じている気がしてならない。

大林 浩治(教学研究所所員)
(「フラッシュナウ」金光新聞2010年2月7日号)

投稿日時:2010/02/05 10:38:46.035 GMT+9



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