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枠組み超えた助かりの世界【金光新聞】

震災復興ボランティアに参加して

気仙沼市の側溝の泥かき作業
 東日本大震災の復興ボランティアとして気仙沼に1年間滞在して感じたのは、人々の中から、役に立ちたいという思い(神心)が噴出し、被災者、支援者が関わり合う中で、共に助かる「あいよかけよ」の道が開かれていることだった。役に立ちたいと願い、行動に現していくことは、神を世に現し、ご神願成就につながる一つの在り方だと実感している。

 平成23年3月11日に発生した東日本大震災の報道に触れた瞬間、私は心を引き裂かれる思いになった。当時、世界中を回る豪華客船のフィットネスクラブでパーソナル・トレーナーをしていた私は、次の乗船を3週間後に控えて自宅で待機していた。「こんな時に逃げるように船に乗ってしまっていいのか」と葛藤している時、震災、原発事故の影響で仕事がキャンセルになった。「東北でお役に立て」という神様のメッセージと受け取った。
 しかし、その時はまだ、被災地で県外のボランティアを募集していなかった。それでも4月1日の朝、「東北でご用に立ちたい」と、父である教会長にお取次を願った。するとその直後、宮城県気仙沼市の災害ボランティアセンターで長期スタッフを探しているという情報が舞い込んできて、私は即座に仕事を辞めて参加することを決めた。神様の願いと自分の願いが一致したと感じた。

 気仙沼市に入って最初の100日間は、災害ボランティアセンターの内部スタッフ、やがて地域のチーフとして活動に当たった。その後、金光教首都圏災害ボランティア支援機構の現地代表として、それまでに学んだノウハウを生かしながらさまざまな場所で活動することができた。避難所や仮設住宅では、心の支援として実施されている茶話会に合わせて、マッサージ、音楽演奏会、炊き出しなどを行い、仮設住宅の自治会発足に向けた支援にも関わることもできた。
 活動を通して、貴重な出会いを数多く経験した。「自分のことをくずのような人間だと思っていた。でも、仮設住宅の人たちに喜んでもらって、逆にボランティアされたみたいな気持ちになった」と語った大学生をはじめ、自死を考えていた男性が、「こんな私でも人の役に立てるのがうれしい。本当に苦しい状況で頑張っている人たちがいる。私は何を考えていたのだろう。人の役に立つよう前に進まなくては…」と、被災地で生きる意味を見いだし、生き直しを決意した瞬間に立ち会うこともできた。

保育園で歌のボランティア
 さらに、被災した方々からも多くのことを教えて頂いた。「今思えば、震災前、当たり前だと思っていた生活は、夢のような暮らしでした」という言葉が胸に刺さっている。家族がいて、家があり、働く場がある。そんな日常が、極上の世界だったというのである。「朝、目が覚めたらもうけもん。今日一日を人生の全てと思って生きることが大切」との言葉を人ごとにしてはいけない。長いこと飲食を共にしてきた避難所の責任者が、「あんたの町にも、困っている人たちがいるはずだ。ここでの経験を帰ったら生かしてくれ」と語ったその言葉に突き動かされて、私は地元での地域活動に参加するようになった。
 あれから4年。あの出来事を決して忘れない。難儀な氏子を助けたいという神様の悲願実現のため、人々と関わる中で、助ける者、助けられる者という枠組みだけでは捉えることのできない助かりの世界を見てきた一年だった。これからも、神も喜び、人も喜ぶ神を世に現す生き方を求めていきたい。
 東日本大震災の復興ボランティアとして気仙沼に1年間滞在して感じたのは、人々の中から、役に立ちたいという思い(神心)が噴出し、被災者、支援者が関わり合う中で、共に助かる「あいよかけよ」の道が開かれていることだった。役に立ちたいと願い、行動に現していくことは、神を世に現し、ご神願成就につながる一つの在り方だと実感している。


田中 真人(東京都大崎教会)
(「フラッシュナウ」金光新聞2015年3月15日号)

投稿日時:2015/03/16 09:15:18.202 GMT+9



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