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考える経験重ね想像力培う【金光新聞】

情報を読み解き生かす知恵

 スマートフォンやパソコンなどから、いつでも欲しい情報が得られる今日。インターネットの便利さを享受する一方で、得た情報を確かなものとして生かすには、自分で「考える」ことが大切になる。

 今、私たちの身の周りにはさまざまな情報があふれ、中でもインターネットは生活を劇的に変化させた。海外の人ともメールで簡単にやり取りができ、また、初めて商品を購入する際には、すでに使用している人のネット上の書き込み情報が役に立つ。
 だが、そうした利便性の一方で、インターネットを使った詐欺やサイバー攻撃といった危険性も潜む。こうした状況下では、情報との接し方が重要だ。あふれる情報に流されたり、だまされたりしないために、情報を読み解く能力を身に付けることが大切になってくる。
 私は日頃、学生と接する中で、しばしば考えさせられることがある。例えば、レポートの作成には、「調べる」「考える」「表現する」という過程を追っていく必要がある。ところが多くの学生は、「考えること」=「パソコンの画面で情報を検索すること」と勘違いしているのだ。
 確かに適切な情報を見つけることは大切だが、見つけた内容を適当に貼り合わせればレポートが完成、とはならない。知り得た情報を手元に引き寄せて、七転八倒しながらでも自分の頭で「考える」ことが重要になる。その中で、問題に出合い、その奥行きを知ることが大切だ。

 テーマが論争的であればあるほど、賛否両論を含めて、いろいろな見地から検討することで、その問題の奥深さに気付くことにもつながる。その上で自分の意見を形成し、また、反対意見にも説得力のある形で表現するよう努める。私自身、アメリカの大学で教育を受けた際、そこを徹底的に鍛えられた。パソコンが無かった時代には、本を読み、紙と鉛筆を使って考えた上でレポートを書いたものだ、と幾ら説明しても、今の学生にはなかなか理解できないようだ。
 情報を集めただけの文章は内容が薄っぺらく、他人が見れば、書いた当人には問題の本質が分かっていないということが、すぐにばれる。また、自分の関心あるキーワードで検索すると、該当する情報をすぐ見つけられるため、自分に都合のよい意見ばかりに目がいき、反対意見を排除しがちではないだろうか。

 ところで、こうした問題は学生だけに限られたものではないだろう。私たちの生活にインターネットは不可欠であるだけに、得られた情報の質をどう見極め、自分の考えをどう展開させることができるかが問われているだろう。 そのことは、ネットで検索しても得られず、「現実」の生活での体験一つ一つの中で会得していくしかない。多様な人間関係を築くことや、自然に触れ合うことで、人や物に対する感性を豊かにできる。
 iPhoneなど最先端技術を次々に世に送り出した故・スティーブ・ジョブズ氏は、自宅で子どもに対し、携帯電話などの機器の使用を制約して、家族との「会話の時間」を最も大切にしたという。

 情報はお金に例えられるかもしれない。集めるばかりでは役に立たず、いかに有効に使い、生かすか、その知恵が問われる。その時、重要になるのは、「考える」経験の積
み重ねで培った他者への想像力、共感力だろう。まさしく、「肉眼をおいて心眼を開けよ」との教えを頂く私たち自身の信仰が試されているといっても過言ではないだろう。

斎藤文彦(龍谷大学国際文化学部教授)
(「フラッシュナウ」金光新聞 2015年6月21日号掲載)

投稿日時:2015/07/10 09:00:00.000 GMT+9



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