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自他共に救われる「ケア」を【金光新聞】

「臨床宗教師」に見る、求められる宗教の役割

 「臨床宗教師」という言葉を聞いたことがあるだろうか。制度としてスタートしたのが2012年なので、まだ知名度は低いが、マスコミをはじめ多様な観点から注目を集めている。その理由の一つが、「被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間で心のケアを提供する宗教者」という理念である。
 一般に宗教者は「布教・伝道」を行うと考えられがちだが、この臨床宗教師は、信仰の有無や宗派に関係なく、「相手の価値観を尊重しながら、宗教者としての経験を生かして、苦難や悲嘆を抱える方々に寄り添う」ことを主たる目的とする。
 この制度が誕生したのは、2011年3月11日の東日本大震災がきっかけだった。被災地のニーズを受けて、2012年に東北大学で臨床宗教師研修が始まったのである。研修のプログラムには、「傾聴」「スピリチュアルケア」「宗教協力」などが含まれ、さらに宗教者以外の諸機関との連携方法などについても実習を通して学ぶ。
 これまでに誕生した臨床宗教師は、宗派・宗教の違いを超え、金光教教師も含む延べ141人(2016年7月現在)に達する。その後、龍谷大学、鶴見大学、高野山大学、武蔵野大学、種智院大学などでも同様の取り組みが広がっている。

 明治時代以降の日本社会では、「宗教」的なものに対する風当たりが総じて強かったが、東日本大震災によってその風向きが少し変わったのかもしれない。
 大切な人や物を突然失ったショックに打ちひしがれる人々の「ケア」が問題となり、そのニーズに応える形で注目された「臨床」における宗教者の役割。背景には、常日ごろ宗教的文化を大切にする東北の風土と、その中で普段から人々の苦に寄り添って生きている宗教者の存在がある。
 1995年に起きた阪神淡路大震災後にも「ケア」の必要性は指摘されていたが、その時はもっぱら「宗教」抜きの心理療法や精神医療を中心としたメンタルケアの拡充が課題となっていた。
 両者とも「ケア」を目指す点は共通しているのだが、違いはどこにあるのか。私見を述べれば、メンタルケアが、心の傷の「癒やし(ないし克服)」を目的とするのに対し、宗教的なケアは、心の傷の「活かし(あるいは受容)」を主眼としているといえるのではなかろうか。

 21世紀は「ケア」の時代ともいわれ、看護や介護、福祉や教育をはじめ、多くの場でその重要性が再確認されつつある。しかし、「ケア」の原点を「お世話」と捉え直すと、何も一部の人だけがケアの対象となるのではないし、特定の分野の人だけがケアの担い手となるのでもない。
 心に留めておくべきことは、私たちの全てがいつも何かのお世話になっていること、常に神様の「ケア」を受けているという厳然たる事実である。
 私たち一人一人が、生かされているという事実を土台に他者と関わる(ケアする)ことで、他者も自分も共に救われるという在り方こそが、現代社会にあって本教信奉者に求められていることであろう。

 「世話になるすべてに礼をいふこころ神を現はし神になるこころ」(四代金光様のみ歌)

宮本 要太郎(関西大学文学部教授)
(「フラッシュナウ」金光新聞2016年8月21日号掲載)

投稿日時:2016/08/23 09:00:00.000 GMT+9



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