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人としての活き方取り戻す【金光新聞】

リハビリテーションの意味を捉え直す

 リハビリテーションについて、機能回復訓練や病気予防であるという捉え方をする人が多いようだ。しかし、超高齢社会を迎えた今日、 「人としての活き方」 を取り戻すというリハビリテーションの本来的な意味を考える時期を迎えていると感じる。

 日本は、医学の発展に伴い平均寿命が延びた一方で、子どもの出生率の低下と相まって、人口に占める高齢者の割合は、世界でも類を見ないほど急速に増えている。
 そのように先進的な長寿社会となる中、寿命は延びたものの、健康で自立した生活ができる期間の延長にはつながっていないといわれている。
 そのような状況でリハビリテーションを通して、病気などで失った機能をできるだけ取り戻し、以前と変わらない生活ができる状態に戻すことや、病気を予防して元気な高齢者を増やす取り組みなどの必要性が高まっている。

 さて、私は療法士として、事故で夫を失った後、ご自身も脳梗塞で倒れて片(へん)まひとなった60代の女性と出会ったことがある。その方は、装具を着用し、つえを突かないと生活できない。近くに娘さんがいるものの、基本は一人暮らしのため、まずは炊事洗濯、入浴など身の回りのことを自分でできるように訪問リハビリを進めていった。
 徐々に生活環境を整えたりすることで、自立して過ごせるようにはなったが、外に出掛ける際には車椅子などを利用するため、介助が必要だった。私は週2回、その方の家に行って一緒に訪問リハビリを行う中で、発症以前の生活の様子や家族のことなどさまざまな話を聞いた。時には屋外での歩行練習中、ご近所さんが集まってきて井戸端会議が始まることもあり、その方はその場で「片まひのファッションリーダーになる」「自分の体験をみんなに話したい」と話していたこともあった。

 しばらくすると、以前通っていた大学の社会人中国語講座を再開したいと、相談された。大学まで通うには介護タクシーを必要としたが、講座前期の最終日には、中国語で脳梗塞の治療の話を発表した。
続けて後期にも通い、最終講義では、しっかりと立ち上がり、皆の前で片手でリンゴをむけることを披露したのだ。
 片まひで自分の体が動きづらくなり、誰かの手を借りなければ、外出することもままならない状況、そして今までできていた身の回りのささいなことが思い通りにならないことは、憂いに満ち非常に苦しいことであろう。しかしながら、そのこと自体に心をとらわれることなく、置かれた状況の中に「自分が活きる」 ことを見つけ、自分ができることを前向きにひたむきに積み重ねていったのだと思う。私は、この方の行動はまさしく本教でいう、「思いわけ(現実を受け入れ、 心の持ちようを変えていくこと)」であると感じた。

 リハビリテーションとは、機能回復や病気予防だけではなく、心身のみならず、人格や社会的立場をも含めた「全人的復権」、すなわち一人一人が持っている可能性を引き出し、その方の人生、そして日常の生活行為一つ一つの上で「人としての活き方」を取り戻すことであろう。その〝活き方〟には、「思いわけ」という信仰的な価値観の変換が、とても重要な働きを担うと感じている。
 私は本教の教えを基にしながら、病気や障害に心をとらわれず、人として頂いた命を本当の意味で輝かせることができるよう、さまざまな方のお役に立っていきたいと願っている。

桑山 浩明(認定理学療法士)
(「フラッシュナウ」金光新聞2017年1月15日号掲載)

投稿日時:2017/01/17 11:20:09.727 GMT+9



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