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生き生きとした信仰の世界【金光新聞】

イギリスで実感した金光教のすごさ

 時に人間は身の回りの常識や思考の枠組みに縛られて、その中でしか物事を考えられない状態に陥ったり、正しさを追求するあまり、逆に不安を抱え込んだりもする。それは信仰の世界でも同様であろう。既存の教団や教会の枠組みから、一歩飛び出すことで見えてくる「金光教」の光景がある。

 金光教国際センターは、国外の教会不在地域を対象に金光教の集会を開催してきた。2015年、私はイギリス集会のスタッフとして、「金光教の教えを正しく伝えられるか」と不安を抱きつつ、一人ロンドンに向かった。しかし、そんな私の思考の枠組みは、現地在住の信奉者によって大きく作り換えられてしまった。
 集会では、参加者がお互いの信心を語り合う時間がある。そこで、「ご神米のおかげで病気が治り、友人が入院した時もご神米を勧めておかげを頂いた」と、話してくれた女性がいた。過去のイギリス集会に参加したこともある彼女は、強制せず、ジャッジせず、ジェントルな金光教に好意を抱き、そしてご神米と出合ったのである。

 彼女の話を聞いていた男性が、「米粒を食べて病気が治る?まったく理解できない」と、けげんな表情を浮かべた。「ご神米の力を信じるから効くのよ」と、彼女がいくら説明しても納得できない様子。すると別の女性が、「あなたが脳で考えている限り、神様は理解できない。神様を肌で感じなさい」と男性を一喝した。この女性は、組織としての金光教に属すことを嫌いつつも、金光教の神様には親しみや近しさを感じているようで、集会には必ず顔を出してくれる。さらに、アメリカから参加していた女性の本教教師がこのやりとりに触発され、「調子の悪かった電子レンジにご神米を貼って直した信者さんもいるのよ」とはつらつと話し、一同が驚嘆してしまうという場面もあった。
 また、「さまよっているみたま様を金光様のおかげで『成仏』させることができた」と語る日本人の女性とも出会った。彼女は、友人の両親と甥(おい)のみたま様がさまよっているのがふびんだと感じ、心中で「金光様」と唱えて願ったところ、「金光様」がみたま様たちを救い助けてくれたと語ってくれた。彼女は、過去にベトナムで本教信奉者に出会い、ある日本の教会でお取次を願い、おかげを頂いたことをきっかけに、今日まで信心を続けている。

 彼女たちは、いわゆる金光教の教義をしっかり理解しているというふうでもなく、「天地金乃神」という神名さえよく知らないように見えた。それなのに「金光教」のおかげで救われたという揺るぎない実感を持っていた。そのことを自信満々に語る彼女たちを前にすると、「彼女たちは正しい金光教を信仰しているのか」という、こちらの疑問は吹っ飛び、「金光教ってすごい宗教だったんだ」と素直に感心してしまった。
 彼女たちは、何が正しい信仰で、何が正しくないのかなどという、私の物差しを突き抜けて、神様とダイレクトにつながるすべを身に付けていた。金光教の教義や教えの正しさを求めるあまり、力みがあった私に対して、彼女たちは、「一心に神様に願い、おかげを頂く」という、極めてシンプルな信心の世界を、ただ生きているだけなのだろう。そんな彼女たちに金光教の生き生きとした姿を見た気がした。
 日本をたつ前、先輩教師から「金光大神の信仰をロンドンで現してこい」と、激励された私だったが、ロンドンにはすでに金光大神の信仰の力を振るう猛者たちがいた。結局、私が逆に“洗礼”を受けて、帰国の途に就いたのだった。

楠木 信浩(金光教国際センター)
(「フラッシュナウ」金光新聞2017年4月23日号掲載)

投稿日時:2017/04/25 09:00:00.000 GMT+9



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