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改めて「人を大切に」の実践【金光新聞】

自分自身の「和賀心」を見詰め直す

 教祖様は、「和賀(わが)心」をやわらぎ喜び合う心だと教え示してくださっている。立教160年に向けて、自分が思い描いている和賀心が、教祖様が願われた真の意味での和賀心と同じなのかを見詰め直すご時節を頂いていきたいと願っている。

 29年前の春、私の勤務していた学校での修学旅行中の列車事故で、27人の教え子と剣道の師匠を亡くした。
 その亡くなった師匠は、生前私に三カ条の教えを遺してくれ、その中の一つは「人を大切にせよ」というものだった。私は、師匠の死をきっかけに、この教えを「和賀心を現すこと」と捉え、教員時代から稽古させてもらうようになった。それは、人と人、人と親神様、人とみたま様との間に、「あいよかけよ」という関係性を現すことが和賀心だと、足らぬところばかりの私ではあるが、そのように頂いてきたからである。

 教員時代、ある校則違反をした2人の生徒に事情を聞いた時のことである。A君は「僕がやりました。B君は何もやっていません」と私に答えてくれたのだが、続いて、別室にいるB君に尋ねると、「やったのはA君です。僕は何もしていません」と答えたのだった。2人そろって違反をしていたのは明白だったが、A君はB君をかばい、B君はA君だけに責任を押し付けた。
 B君に、「Aはおまえのことをかばってくれたぞ」と伝えると、自分の言動を心底恥じたのか、涙を流して謝ってくれた。A君も涙混じりに、「先生、うそをついて申し訳ありませんでした。Bは悪いやつではありません。一緒に心を改め、二度と違反をしません」と誓ってくれた。
 私は、A君の思いやりに敬服し、真の意味で人を大切にするとは、ここまで思いを深くすることなのかと教えられた。そして、和賀心につながる大切な部分を親神様から見せて頂いたように感じ、和賀心が現れる機会を少しでも増やしていける自分になりたいと願うようになった。

 ところが昨年、自分の祈りが真の意味で和賀心につながるものではなかったことに気付かせられた。私は、列車事故で亡くなった27人の生徒のことを、日々ご祈念してきた。生前に関わりのあった約半数の教え子たちは、一人一人思い浮かべながら祈っていたが、あまり関わりのなかった残りの生徒たちのことは同じように祈ってこなかったことに対して、心無いことをしてきたと痛切に感じたのである。
 和賀心とは、人とみたま様との間にも現れるものと自分なりに捉えておきながら、そのような在り方になっていなかった。「上利口底鈍(うわりこうそこどん)になるなよう」との教祖様のみ教えにも、師匠の「人を大切にせよ」との教えにも反していたと猛省させられた。
 それ以来、毎朝、事故後に犠牲者をしのんで作られた冊子を開いて、全員の名前と顔を照らし合わせ、名前を読み上げてご祈念するようにした。今では、27人全員の名前と顔が冊子を見なくても一致するようになった。

 明年は、事故から30年を迎える。亡き師匠の奥様から、他宗でみたま様を祭る家であるにもかかわらず、「祥月(しょうつき)命日に30年祭を執り行ってほしい」と、ご用を頂いた。これは、自分の心の至らなさに気付き、改まったことに対して、神様、みたま様がおかげを授けてくださったに違いない。
 2年後、立教160年の御年をお迎えするに当たり、さらに自分自身の和賀心を隅々まで見詰め直して改まっていきたい。そして、いっそうご神願成就のお役に立つべく、一段上の信心をさせてもらえる私にならせて頂きたい。

道願正美(高知教会長/宗教教誨師)
(「フラッシュナウ」金光新聞2017年12月3日号掲載)

投稿日時:2017/12/04 11:18:01.104 GMT+9



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