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痛み抱える人の「伴走者」に【金光新聞】

緩和ケアの現場に関わる宗教者

 私は医師で宗教者という立場で、緩和ケア医療の現場に関わらせてもらっている。さまざまな苦痛を抱える患者さんに寄り添う〝伴走者〟として、「そこにいる」ことの大切さを日々実感している。

 私は呼吸器内科医として10年間病院勤めをした後、金光教教師にお取り立て頂き、現在は、命に関わる病気を患った方のさまざまな苦痛を和らげ、療養生活を支える「緩和ケア」の現場にいる。私が勤める病院では、常時十数人のがん患者が緩和医療を受けており、医師・看護師・薬剤師・医療ソーシャルワーカーなどがチームを組んでケアに当たる。私は緩和ケア医として、また同時に「スピリチュアルケア」を担う宗教者として参加している。
 緩和ケアを受ける患者は、病気そのものから生じる肉体的、精神的苦痛、また仕事や家庭にまつわる社会的な苦痛だけでなく、人生の意味や死への恐れといったスピリチュアルな痛みを抱える。それは「なぜ自分ががんになったのか」「生きる意味が分からない」「死なせてほしい」といった命の根源に迫る問いとして表出される。

 そのような苦痛をケアしていくのがスピリチュアルケアだが、いざそうした問いに接した時、ほとんどの医療スタッフは、「私には荷が重い。なんと答えたらよいのか…正直、その場から逃げたくなる」と口をそろえる。患者に生じるその苦痛を皆認識しているものの、正面から向き合える専門職がいないと感じている。
 臨床現場のそうしたニーズに応えられるのが、宗教者ではないだろうか。また、患者だけではなく、スタッフのケアというニーズもある。私が直接相談に乗るケースは少ないが、打ち合わせ会議ではできるだけスタッフを守る、あるいはねぎらうよう意識して発言している。

 私が、緩和ケアの現場で出会った末期がんの女性がいる。その方は面談を始めた当初に比べ、数カ月後には明らかに全身の状態が悪化し、その変化の早さに戸惑っていたようにも見えた。7回目の面談で、女性が「これからどうなるか、 神様にしか分からないよね」と話し始めた。そして、昨年家を建てた際、神様への祭事など何もしなかったのが気掛かりだとのこと。そこで初めて、私は金光教教師であり、宗教儀礼ができると言うと、とても喜ばれた。教会長にお取次を頂き、病室で簡易祭壇をしつらえて祭事を仕えさせてもらった。
 後日、 その方が話した。「儀式の間、すぐ横に男性の左横顔が見えていたんです。温かく、優しい感じだった。お祈りが終わったらすっと消えたの。不思議でびっくり。それから目の前に全然違う、不思議な世界が広がったの。夢を見ているみたいな。とても穏やかな気分になりました。私が神秘体験するなんて。まして病室で祭事をしてもらえるなんて、本当によかった」と。私は、横顔の男性とはお結界に座る金光様だと確信している。祭事から3週間後、女性は穏やかに永眠された。

 緩和ケアの現場には、医療者では十分介入できないスピリチュアルケアのニーズがあり、宗教者に大きな役割が求められている。「あなたの思いを逃げずに受け止めます」「あなたの人生はあなたが決めることができるのですよ」。スピリチュアルケアは、そうした思いを患者や家族と共有し、彼らの「伴走者」になることだと思っている。
 私は、いつも慈愛と覚悟を持ち、目の前にいる痛みを抱えた方の伴走者になろうと努めている。そして、信仰を持つ者なら誰でも伴走者になることができると信じている。

原 信太郎(緩和ケア医/長崎県諫早教会)
(「フラッシュナウ」金光新聞2018年1月21日号掲載)

投稿日時:2018/01/24 10:00:00.000 GMT+9



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