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「教えの親」のミタマを思う【金光新聞】

「家亡き時代」に自らの常識を解きほぐす

 墓の継承問題について、先行きの不安を口にする相談相手の話をよくよく伺うと、基本的に自縄自縛へ陥っているようにもみえる。「家亡き時代」とすら呼ばれる現在、そのような状態では自分自身で不安をあおることにならざるを得ない。まずは手始めに「代々( よよ) の祖( おや)」のイメージを解きほぐしたい。

 お道の関係者に「私は大学教員で、墓の習俗や歴史を研究しています」と自己紹介すると、しばしば、墓の処分に関して相談を受ける。
 例えば「娘しかいないので、墓を継げない」と、先行きの不安を話す相談相手に対して、私が「なぜ、女性は墓を継げないのですか」と問い返すと、キョトンとされる。重ねて「そのような男女の差別を、現行の憲法や法律は基本的に認めていないと思いますが」と問うと、「理屈はそうですけども、実際は…」と言葉を濁してしまう。

 親子関係や家・先祖について、私たちが抱く常識的見解は、テストに出るから暗記するような、頭の中だけの知識ではない。暮らしの中で関わる人々とのやりとりを通して、知らず知らずのうちに身に付いた知識だ。だから先の相談相手のように「墓を継ぐ」ことについて、それ以外の可能性を想像できないことも、しばしば生じてしまう。
 細かなことを指摘しておけば、実は現行民法の祭祀(さいし)条項がとても厄介なのだけれども、そこまでチェックした人からの相談は、皆無だった。つまり、これまでの相談相手は、自身の持つ常識的見解という漠然としたイメージで、先行きの不安を口にされていたわけである。
 これを〝自縄自縛〟と呼ぶのではあるまいか。私たちの難儀を生み出すもとは、分かりやすい「困ったこと」に限らない。「墓を継ぐ」ことのように、無自覚に当然としている常識的見解が、難儀を生み出すもととなることすらある。「家亡き時代」とすら呼ばれる現在、家の存続や墓の継承の不安を、自分自身があおるべきではない。そのような態度は、陰に日なたに次世代へ浸透して不安の連鎖を生むばかりであろう(メグリが生まれる、とすら呼びたい)。

 そこで、この自縄自縛を解きほぐすエクササイズとして、「代々の祖」という言葉が持つイメージの曲げ伸ばしをお勧めしたい。このお道では日々の祈念などで、ご霊前にて「代々の祖はわが家の神わが神」(祖先賛詞)と唱える。「代々の祖は」のフレーズは、コーラスでも歌われるので、よく耳にする文言だ。さて、「代々の祖」とは誰のことか?
 このお道では、(生みの/育ての)親とは別に「教えの親」という表現がある。お手引きくださった信心の先輩、取次ぎくださる先生、そのような方々をそう呼んでいる。これを踏まえると、「代々の祖」とは、(生みの/育ての)親に限らず、私の「教えの親」の、そのまた「教えの親」…についても、そのように呼んで差し障りないはずなのだ。そうなると「代々の祖」とは、いわゆる家筋の先祖だけに限定されないことになり、弔うこと、弔われることにも、新しい可能性が開かれてくるのではないだろうか。

 そこまで考えて思い当たるのは、私たちは亡くなった方々をミタマ(御霊)と総称している事実だ。この表現は家筋の先祖はもちろん、亡くなったあらゆる方々をも含み込んでいる。
 だから「代々の祖は」と歌う際、教会に生まれ、幼い頃からお広前でご祈念する信者さんの背中を見て育った私は、そうした方々のミタマのことを思い、さらに金光教教学研究所のつながりで教えを頂いた佐藤光俊師・金光和道師・荒木美智雄氏などのミタマや、私が学問の道へと進むことを柔らかく後押しくだされた松本眞弘師(埼玉県浦和教会前教会長)のミタマを、私の「教えの親」として、時折、思い浮かべている。読者諸賢もそれぞれに、具体的な「教えの親」のミタマを思い浮かべてはいかがだろう。

土居 浩(日常意匠研究/群馬県前橋教会)

投稿日時:2018/06/05 14:08:23.249 GMT+9



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